
そのころ第2会場では、おいしいおそばを食べてもらおうと「軽井沢そばの会」のみなさんが、
手ぐすねならぬそばを、一心にこねていました。
そばの他にも、名物"横川の釜飯"をはじめとして、駅弁やしなの鉄道グッズも販売されました。(おそばは大盛況。100食以上はあっという間。途中で畑にネギを抜きに走ったり、仕舞いには「粉が無くなった!」そう。)
お腹もいっぱいになって、シンポジュームの始まり。
(でも皆さん、全国の珍しい駅の話しに眠くならずに耳を傾けてくださいました。)

写真家・杉崎さんの司会で、今先生は北海道から、「かつては、鉄道林を持っていてそこから枕木や
駅舎の建材までをまかなうような自給自足の自己完結型産業だった。」とか
「駅舎がプレハブになったら、雪国なのに女子高生が外で待つようになった。
何故か分からないけど、温かみのない駅舎はいやなんでしょうね」。線路があったおかげで、終電でも急病の子供を負ぶって町まで行けたという話しや、市民参加で新しい駅舎を建てている岩見沢駅の事例など。鉄道や駅は、その地元の人々の生活と密接につながっていたのですね。

パネラーは他にもあの3号「残したい駅があります」の栃木・小代の会。
14歳から15年間、木造駅舎を撮り続けてきた「なにそれ」のブロガー、松本さん
(余すところあと20数カ所だそうですが、追分駅は本日始めてだったそうです)など。
お楽しみ抽選会で。
おひさまの表紙絵でお馴染みあずますみさんも来てくださいました。

会場の見事な看板を書いてくださったのも、地元のお年寄り。
最初は、困った困ったと、何度も下書きをしてから書いておられましたが、
だんだん慣れて、色分けして丁寧に書いてくださいました。
私どもが無人駅舎をお借りしたことで、全国にこんな広がりを持つことが出来たのは、
「想定外」の出来事でした。
他にも近隣の愛読者や軽井沢の皆さんにたくさん助けられて無事終了することが出来ました。
これこそ「もったいなく」もありがたい、この一年の目の成果です。

